
最近「アンラーニング」という言葉を耳にするのですが、どういう意味ですか?

「学びほぐす」という考え方で、教員にとっても大切な姿勢です!
「自分が高校生の時に受けた授業が、良い授業だった」
「20代の頃にうまくいった指導法を、今も続けている」
「前任者のやり方を引き継いで、特に変えていない」
こうした経験は、多くの先生方に心当たりがあるのではないでしょうか。
教育は「再生産」されやすい仕事です。
自分が生徒として受けた教育を、無意識のうちにそのまま再現してしまうことが少なくありません。
しかし、時代は変わっています。
GIGAスクール構想による一人一台端末、生成AIの登場、探究学習の必修化、主体的・対話的で深い学びの推進など。
教育を取り巻く環境が大きく変化する中で、過去の成功体験にとらわれたままでは、未来を生きる子どもたちを育てることは難しくなっています。
そこで今回は、教員にこそ必要な「アンラーニング」という考え方について紹介します。

私自身のアンラーニング体験も交えながら、わかりやすく紹介していきます。
高校の数学教員として15年以上授業を行っています。
ただ学習内容を教えるのではなく、「学び方を教える」をモットーに授業作りをしています。
自身も教え込み型の授業から学び合いの授業へ、一律の宿題から自律した学習者に任せる形へと、何度もアンラーニングを繰り返しながら実践を更新し続けています。
目次
アンラーニングとは?

アンラーニングとは、具体的にどういうことですか?

簡単に言うと、「これまでの当たり前を問い直し、自身の知識やスキル、考え方を更新する」ことです。
アンラーニングとは、日本語では「学びほぐし」とも訳されます。
これまでに身につけた知識や考え方を一度見つめ直し、必要に応じて手放したり、更新したりすることを意味します。
ここで大切なのは、アンラーニングは「捨てる」ことではないという点です。
これまでの経験や知識を否定するのではなく、それらを土台にしつつ、時代や状況に合わせてアップデートしていくという考え方です。
松尾睦氏の著書『仕事のアンラーニング』では、仕事のやり方や信念を見直し、新しい方法を取り入れていくプロセスとしてアンラーニングが分かりやすく解説されています。
ビジネスの世界では広く知られている概念ですが、教育現場にもそのまま当てはまる考え方です。
なぜ教員にアンラーニングが必要なのか

教員にとってアンラーニングが必要な理由は、大きく3つあります。
理由①:教育は再生産されやすい
教員という仕事は、自分自身が「生徒として教育を受けた経験」を持った上で始まります。
そのため、自分が受けた授業のスタイルや、学生時代に「良い先生だ」と感じた教員の指導法を、無意識にそのまま再現してしまうことがあります。
「自分はこう教わって理解できたから、同じやり方で教えれば生徒もわかるはずだ」
この考え方は自然なものですが、時代が変われば生徒の学び方も変わります。
自分の原体験を絶対視せず、「本当にこの方法が今の生徒に合っているか」を問い続ける姿勢が大切です。
理由②:成功体験が足かせになる
20代、30代で積み上げてきた実践が成果を出していると、「このやり方が正しい」という信念が強くなります。
もちろん、経験の中で磨かれた指導技術は大切な財産です。
しかし、教育を取り巻く環境が変化した今、当時の成功体験がそのまま通用するとは限りません。
例えば、以下のようなものです。
このように過去の成功体験に固執してしまうと、変化に対応できなくなります。
「うまくいっているから変えない」のではなく、「うまくいっているからこそ、見直す余地がないか考える」という姿勢が大切だと考えています。
理由③:教師の学ぶ姿勢が生徒に伝わる
教員が学び続ける姿勢を見せることは、生徒に対する学びのメッセージになります。
「先生自身も新しいことに挑戦している」
「先生は、より良い方法を模索して授業をしてくれている」
このような姿を生徒は見ています。
「学習しなさい」と言葉で伝えたり、「学ぶ意味」を語ったりするよりも、教員自身がアンラーニングを実践する姿を見せることの方が、はるかに説得力があります。
また、このような姿勢は生徒だけでなく、同僚にも波及します。
新しいスキルを活用したり、授業実践を行うなかで、周囲の先生方にも「自分も学び直してみよう」という空気が生まれることがあります。
この循環は、より良い学校づくりには必要不可欠です。
教員のアンラーニング実践例

ここからは、私自身が実際にアンラーニングした経験を紹介します。
実践例①「教える授業」から「学び合う授業」へ
初任の頃は、一斉授業で分かりやすく教えることに重点を置いていました。
しかし、1対40の授業では、全員を理解させることに課題を感じていたのです。
なぜなら、生徒によって前提知識も意欲も異なるからです。
どれだけ丁寧に教えても、その説明が合う生徒もいれば、合わない生徒もいます。
そこで、学び合いのスタイルに転換しました。
教員の説明を理解した5人が、まだ理解できていない生徒に教える。
生徒同士の「近い言葉」で伝え合う方が、教員が一方的に説明するよりも全体の理解が深まったのです。
このアンラーニングのきっかけになったのは、定年間近の先生が最新の授業スタイルを取り入れていた姿でした。
長年の経験を持つベテランの先生が、自分のやり方を変えて新しい挑戦をしている。
その姿を見て、「経験の浅い自分が学び新しい授業方法に挑戦しないでどうするんだ」と感じたのが出発点です。
実践例② 探究を通じた教員自身の学び直し
自分が生徒として学校で教わったことは、本当に正しかったのか。
探究活動を主担当として取り組む中で、そのような問い直しの機会が生まれました。
現在も、生徒と一緒に様々な分野について調査し思考を広げる中で、教科書だけでは見えなかった知識や視点を自分自身でも得る経験を重ねています。
また、探究活動では教員の役割そのものが変わります。
知識を伝える「ティーチャー」から、学びの場を整える「ファシリテーター」、そして生徒と一緒に新しい問いを生み出す「ジェネレーター」へ。
この役割の変化に対応するには、必然的にアンラーニングが求められました。
探究活動は、生徒だけでなく教員自身のアンラーニングを促してくれる貴重な機会です。
▼教師の役割の変化については、こちらの記事でも紹介しています。
実践例③ 宿題の手放しと自律学習への移行
私が高校生の頃、数学の毎日課題は当たり前でした。
私自身は数学が得意だったので問題なくこなしていましたが、教員になってから改めて気づいたのは、一律の課題では何も考えずに答えを写す生徒が大多数だったということです。
ふと思い出すと、授業前によく友達に数学のプリントを写させてあげてもいました。
その意味のなさに気づき、そこで一律の宿題をやめ、個別化した課題に変えました。
もちろん同僚からは「宿題を出さなかったら、生徒は勉強しなくなるのではないか」という声もありました。
しかし、それは自律学習を丸投げしてしまうから起こるものです。
計画の立て方や学び方そのものを教え、学力帯に応じた学習例を示すなどして、自律した学習者を育てる実践を行いました。
そこには、「個別最適化」などの概念を上から降りてきたものとして渋々取り入れるのではなく、教育書などで学びを深めた結果から実施に至っています。
当たり前を手放すには、まさにアンラーニングが不可欠でした。
▼家庭学習の個別化については、こちらの記事でも紹介しています。
実践例④ ICT・生成AIの積極的な導入
大学での学びを通じて、総括的評価だけでなく、診断的評価や形成的評価の大切さはわかっていました。
しかし、アナログの手法では時間的に実現が難しく、結局テストの点数に頼る評価が中心になっていました。
ここに変化をもたらしたのがICTの活用です。
Googleフォームで生徒の理解度を即座に回収・分析できるようになり、形成的評価のハードルが一気に下がりました。
さらに生成AIの登場により、アンケートの自由記述を分析したり、振り返りの傾向を可視化したりすることも簡単になりました。
「やるべきだとわかっていたが、時間的にできなかった」ことが、ツールの力で実現できるようになった。
これも、従来のやり方に固執せず、新しいツールを積極的に学び取り入れるというアンラーニングがあったからこそです。
▼評価や振り返りの実践については、以下の記事でも紹介しています。

どの実践も、「より良くしたい」という気持ちから生まれました。
それこそがアンラーニングの動機づけとなります。
アンラーニングを妨げるもの

アンラーニングが大切だとわかっていても、実際に行動に移すのは簡単ではありませんよね。

その背景には、いくつかの心理的ブレーキがあります。
①「うまくいっているから変えない」
現状に大きな問題がなければ、わざわざリスクを取って変える必要はないと考えるのが自然です。
しかし、「うまくいっている」のは今の時点での話です。
時代や環境が変われば、同じやり方が通用しなくなることもあります。
「現状維持は後退」という言葉があるように、知らず知らずのうちに取り返しがつかないくらい遅れてしまうこともあるのです。
②「前任者のやり方を踏襲する」
学校では「前年踏襲」が安全策とされがちです。
特に異動直後は、まず前任のやり方を引き継ぐのが一般的です。
しかし、踏襲し続けるうちに「目的」を見失い、「手段」だけが残ってしまうことがあります。
常に自分なりに仕事を見直してアップデートしていく必要があるでしょう。
③「変えて失敗したら責任を取れるのか」
新しいことに挑戦して失敗した場合の責任を問われるのではないか、という不安です。
しかし、失敗を恐れて何も変えないことは、長い目で見れば「変化しないリスク」を取っていることと同じです。
④「自分の経験が否定される気がする」
アンラーニングを「過去の自分を否定すること」と捉えてしまうと、抵抗感が生まれます。
しかし先述の通り、アンラーニングは否定ではなくアップデートです。
これまでの経験があるからこそ、それらを次のステージに活かすことができるのです。
アンラーニングを始めるためのポイント

ここでは、一歩踏みだすためのポイント紹介していきます。
ポイント① 小さく試す
すべての授業・すべての分掌業務を一度に変える必要はありません。
まずは1つの単元だけ新しいやり方を試してみる。
業務改善のために新しいスキルを一つ学んでみる。
そうした小さな実験を繰り返す中で、「変えてみたら意外とうまくいった」という手応えが、さらに学び続けたい気持ちへとつながっていきます。
ポイント② 外の世界に触れる
同じ学校、同じ教科の中だけにいると、視野が固定されがちです。
他校の実践を見に行く、異業種の人と話す、教育書だけでなくビジネス書も読んでみる。
そのように外の世界に触れることで、「自分の当たり前」を相対化できます。
新しい視点を手に入れると、新しいことにチャレンジしたくなります。
ですから、どんどん新しい世界に飛び出してみましょう。
ポイント③ 振り返りの習慣を持つ
日々の実践を振り返り、「なぜこのやり方をしているのか」を問い直す習慣が大切です。
目的を見失って手段だけを続けていないか。
なんとなく昨年と同じでやっていることはないか。
定期的に自分の実践を棚卸しすることで、アンラーニングを始めるきっかけになります。
ポイント④ 「正解は一つではない」と認める
自分のやり方が唯一の正解ではないと認めること。
他の先生のやり方を見て「自分とは違うけど、それもありだな」と思えるかどうかは大切なマインドです。
その柔軟さが、自分自身のアップデートにつながります。
ポイント⑤ 「学習志向」で行動してみる
松尾氏は『仕事のアンラーニング』の中で、学習志向と業績志向という2つの志向性について触れています。
- 学習志向:自分の知識やスキルを獲得すること自体に価値を感じる
- 業績志向:他者からの評価や成果を得ることに価値を感じる
アンラーニングに不可欠なのは、学習志向です。
学校現場における業績志向とは、例えば「国公立大学に何人合格させたか」「模試の平均点を上げられたか」といった数値的な成果に重きを置く姿勢でしょう。
業績志向が強いと、「生徒主体の学びや主体的・対話的で深い学びを実践したら、例年より進学実績が下がるかもしれない」という不安がブレーキになり、新しい授業スタイルに踏み出しにくくなります。
一方、学習志向であれば、「自分の授業力を磨きたい」「生徒にとってより良い学びとは何かを考えたい」という気持ちが原動力になります。
その結果として、授業改善が進み、生徒の学びの質も高まっていきます。
つまり、「進学実績のために教える」のではなく、「生徒の学びをより良くするために、自分自身が学び続ける」という姿勢を持つこと。
これが学校現場におけるアンラーニングだと、私は考えています。
学び続ける教員であることが、アンラーニングの最大の土台なのです。
まとめ:学び続ける教師であるために、自分の「当たり前」を問い直そう!
今回は、教員にとってのアンラーニングの必要性と、具体的な実践例を紹介しました。
改めてポイントをまとめます。
アンラーニングが教員に必要な3つの理由
アンラーニングは、みなさんの過去の実践を否定することではありません。
これまでの経験を大切にしながらも、「本当にこのままでいいのか」と問い直し、必要に応じてアップデートしていくことです。
未来を生きる子どもたちを育てる教員だからこそ、自分自身が変化を恐れず、学び続ける姿勢を持ち続けたいものです。
その姿勢が、一番の教育であると信じています。

今回の記事が、先生方の学びのきっかけになれば嬉しいです。
▼今回の記事に興味を持ってくださった方は、こちらの記事もどうぞ!
































